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散財プロデューサー(败家总监)のクロスボーダー生活

個人消費とライフスタイルが国境を越える時代に 思うことを述べていきます

ネタとして「消費」されてしまうだけの中国の「消費者の日」の悲しさ ~前篇~

  僕はけっこう物知りなのですが

仕事がら、特に「商品学」というべき分野が得意です

 

要は商品のウンチクを

ちょっと歴史や文化に普遍性をもたせて

さもそこに理論があるかのように語る

まあ、確かにそこには面白い世界があります

 

この「商品学」はとても珍しい分野で

日本の大学でも母校の一橋と

あと数えるほどしかないようです

その大学で教えている「商品学」は

今井賢一先生によれば

本来の面白さをずいぶんスポイルしてしまっているそうです

 

「きみが話すほうがよっぽど面白い

 まさに商品の歴史はイノベーションの歴史なんだよ」

 

と先日お会いしたら褒めていただきました

 

そして中国・台湾で若者に講演をするときに

マーケティングリサーチの話に混ぜて

そういう「商品学」の話をすると

とても学生・聴衆の反応が良いのです

 

さて、そういう商品学で

特に品質管理と消費者保護を論じる際に欠かせないのは

この雑誌と花森安治大橋鎮子の2人のはなし

 

NHKの朝のドラマにもなりましたね

 

あまり本を読んでいることのなかった

僕の母ですら購読していました

僕自身もこどものころから愛読した雑誌でもありました

 

僕は中国の学生にいつもこう語っています

 

「最近になって中国やアジアの人たちに

 日本の商品 とくに化粧品や医薬品や日用品

 そういう ”いのち”と”くらし” の商品が

 人気があるでしょう?

 

 商品の品質の高さ

 シンプルで丈夫で使いやすいデザイン

 消費者に対しての対応の丁寧さ

 でもそれを僕は日本人の”国民性”とか

 日本の”文化”が理由だとは

 まったく思わないのです

 

 あなたたちは日本語を勉強して上手にあつかえるけど

 そんなどこにでもある つまらない異文化論を語るよりも

 もっと具体的な理由や細かい背景をしって

 そして創造的な仮説をたてるために

 あなたたちが一生懸命勉強した日本語を使ってほしい

 

 だって国民性や文化が理由になってしまったら

 民族や文化が違う人たちは

 ずっとよいものがつくれないし

 手に入らなくなるじゃないですか?

 

 ちがうんです

 日本もあるときから”変わった”のです

 

 メーカーから広告をとらないで

 購読料だけで 真の意味で読者に支えられている雑誌が

 徹底した商品テストを繰り返して

 容赦なくメーカーを叱咤してきたこの雑誌が

 

 日本の商品の品質をたかめてくれたのです

 メーカーを鍛えてくれたのです

 日本の多くの企業に

 つねに消費者をみて考えるようにおしえてくれたのです

 しかも過去形ではない

 いまもなお  その雑誌は存在しているのです

 

 何の理由もなく

 勝手に商品の品質がよくなったりはしない

 

 もしあえて”なぜ日本から?”という要素をみつけるならば

 

 この雑誌が

 大勢の人たちを苦しめ苦しんだ 先の戦争のあと

”あたりまえの暮らしを大切にする世の中にしたい”

 という反省と願いから創刊されたこと

 

 僕は官僚でも政治家でも外交官でも軍人でもないから

 日本政府や国際政治のことはよくわからなくて

 自信をもっていえることはない

 

 でも すくなくとも皆さんが愛してくれる日本の商品は

 そういう”反省と願い”からうまれ

 常に消費者の視点で

 ”いのち”と”くらし”を豊かにしようとしてきた雑誌に

 鍛えられている結果として 

 いまここにあるのだと それは自信をもっていえます」

 

学生の皆さんの反応はとてもいいです

「中国でもこんな雑誌があればいいのに」

とか

「さらに日本が、日本語がすきになりました」

とか感想を言ってくれます

 

ただ、残念ながら、中国ではかなり違ったことがおきています

それは後編で

 

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